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2022.09.12
一畳にも満たない狭いテントで一夜を過ごすという体験は私にとって初めての感覚でした。
薄いシート一枚を隔てた先は自然そのもの。
テントに仰向けになると、秋の虫の鳴き声だけが聞こえてきます。
両側だけでなく空や地面からも聞こえてくる感覚です。
聞こえてくるという受動的なものではなく、自身の中から生じる音を聞いている感じでしょうか。
虫の鳴き声が聞こえているのに不思議な例えかもしれませんが無音に近い感覚です。
無響室に入ると外部の音が完全にシャットアウトされて、自身の鼓動音であったりキーンとした高い音だけが聞こえたりしますが、それと同じように体の内部の音が聞こえてくる感覚です。
街灯などは無く、テントの中の一番高い所と低い位置に配置された明かり取りから漏れてくる重陽の月明かりが、かすかにテントの中を照らしているだけ。
そんなテントの中にしばらくいると自分の輪郭が薄れていって自然との境界線がなくなっていく感じがありました。
この感覚はふと『死ぬ』という現象に近いのではないかと思いました。
つまり自我というものが溶けて、自然が自分の中に浸透してきて、自然と一体化した状態が『死』なのではないかと。
それまでは毎日の睡眠が死ぬための準備なのだろうとぼんやり思っていましたが、こっちの方がより近い気がします。
少なからず『死』というものに恐ろしさを感じていましたが、思い起こすと自然と一体化した感覚ってそれほど悪くなかった。
だからといって『死』に対しての親近感は持てませんでしたが、恐れすぎるのは違うのではないかと思いました。
ところで、このテントの中で過ごす感覚が何かに似ているなと思ったのですがそれは茶室でした。
利休や宗旦が作ったといわれる待庵や今日庵を私は未だ体験したことがないのですが、想像するに中の空間はこういう感覚に近いのではないかと思いました。
暗くて狭くて明かりが手元のみを照らすだけであとは散乱した鈍い光が全体を周っているという感じでしょうか。
死というものがいまよりも身近であった時代になぜお茶などを飲む余裕があるのかまったく理解できませんでした。
それもわざわざ戦地に赴いて、簡易の茶室を作ってまでしてお茶を飲むだなんて本当に考えられないことです。
豊臣秀吉の弟である秀長は『内々のことは利休に相談せよ、公の事は私に相談せよ』という言葉を残していますが、茶室で行われる行為が自然と繋がるための拠りどころだったのでしょうか。職務を全うする前にひとつの自然人であることを確かめたかったのではないかと思っています。
論理の飛躍がかなりあることは認めますが、この感覚に触れてみると、吉岡徳仁さんや杉本博司さんが作ったガラスの茶室に対してピンと来ないのはこのせいなんだなと腑に落ちました。これはこれで現代の死生観を持つ我々ならではの茶室の一つの解なのかもしれませんが。
ちなみに帰りに観光地である「地獄のぞき」へ立ち寄ったのですが恐ろし過ぎて、軽い気持ちで行ったことを後悔しています。
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